1997/12/21(sun) 楽器チーム初練習
 恵比寿にある「スタジオ・ボデギータ」に集合。ダンスチームの練習も見学するとのことで、15時と早めの召集だったが、家で片付け物してたら30分程遅刻した。
baila1.jpg

 ダンスは13時から練習だったそうで、私の到着時には既に佳境に入っていた。人数は30人くらい。多くは浅草サンバにも出ていたメンバーだが、見慣れない人も混じっている。


「今後の練習で1回でも出られない人は、隊列の外の、簡単な振り付けの組に入ってもらいます」とボデギータの主で今回のオーガナイザー、史郎さんが練習後のミーティングで言っていた。本場で良いモノを見せたい、という気合いが十分感じられる。

baila3.jpg
baila4.jpg
tangin.jpg
 左の写真がダンスのコーチ、タンヒン・フォン・マトス。キューバから単身日本に乗り込んで、ダンス教室やイベント、バンド活動まで幅広く活躍している。今回の企画は彼にとって凱旋公演になるわけだ。プレッシャーもあるだろうに、いつどんな時でもみんなの前では明るい。

 さて、いよいよ楽器チームの練習開始。とりあえずは希望の楽器を持ち寄ってきているので、それに沿って割り当ててみる。私はといえば、タンヒンが顔を見るなりフライパンを手渡すので、あーもすーもなく浅草からの続投決定。このフライパンは100円ショップで買ったとやらでスタジオ・ボデギータの所有物なのだが、またしばらく持ち帰る日々が続くことになる。これが、コンガほどではないにせよ、少々重いのだ。左手で持って右手にバチ持って叩くのだが、時々左手の筋が「ぴき」とくる。パレードは長時間の上、浅草と違って今回は3日間続く。体を鍛えねば。
musico1.jpg

tatata1.jpg
音楽監督のTATATA氏。アフロ系リズムに造詣が深く、GRUPO PATAKIN他を率いて活躍中

 結局カンパナ(カウベル)が4人、コンガが4人、ボンボが1人、サルテンが1人、スネアが1人、ホーンセクションが2人、そしてフライパン1人というのがこの日の編成。さらに何人かに声をかけている上、仙台から4人の参加希望者もいるらしい。練習に通う交通費だけでCUBAに行けてしまうのでは?その熱意には頭が下がる。

 そして問題は演目だ。浅草サンバのときは本場のコンパルサをそのまま猿真似で良かった訳だが、今回は日本代表として本場に殴り込みをかけるのだから事情が違う。今回のチーム名「Japoneate」にも表れている通り、日本人ならではのパレードを見せてウケを取らねばならない。タンヒンは「さくらさくら」をやろうと言ったらしいが、音楽監督の竹内"TATATA"信一の発案でSMAPをアレンジすることになっていた。

 使うリズムは「マクータ」と「ガガ」、両方とも2ビート感の強い複雑なリズムだ。詳しい由来は私も知らない。その内聞いとこう。両リズムをキメを挟んでスイッチしながら、1つの曲にする。また、浅草の時のアフロ、いわゆる6/8がちょっとカッコ悪かったので、「オドゥドゥア」のリズムで行くことに。荘厳なホーンの旋律を持つリズムだ。このリズムの上で、フライパンとカンパナで、「アララー」のリズムでの掛け合いをする。家に帰ってきて、練習がてら多重録音したのがコレ。3拍子感と4拍子感を切り替えながら歌うリズムなので、なかなか難しくまだ馴染めない。

 なんせ15時集合で17時過ぎから練習開始、21時までやろうっていうんだから腹も減る。マクータとガガをやったところで休憩タイム。ところが食糧だけでは済まないのがこの人たち。
 買い出しから戻ってくると、なぜか酒とツマミが...練習半ばにして宴会状態に突入した。TATATAさんも「これからオドゥドゥアやるのに、飲んじゃダメだよ」といいながら、やっぱり飲む。

 まぁこの後、一応オドゥドゥアもやってから、改めて飲み会になだれ込んだが、酔っぱらいに楽器を持たすともう大変。戻ってきた史郎さんが、扉を開けた瞬間一歩ひいていた。こうして景気づけも勢い良く、第1回目の練習は終了したのだった。次回練習は1月10日or11の予定。そこからは毎週末の練習になる。

nomi
tatata2

 

■これがカーニバル・ツアーの全日程だ

月日 都市 日程
2/23 成田→メキシコシティ バンクーバー経由メキシコシティ着、ここで一泊
2/24 メキシコシティ→ハバナ カンクン経由ハバナ着
2/25 ハバナ 午前中リハーサル、午後自由行動
2/26 ハバナ 午前中リハーサル、午後自由行動
2/27 ハバナ 午前中自由行動、ホテルで夕食後、カーニバル会場に出発・参加!!
2/28 ハバナ 午前中自由行動、ホテルで夕食後、カーニバル会場に出発・参加!!
3/01 ハバナ 午前中自由行動、ホテルで夕食後、カーニバル会場に出発・参加!!
3/02 ハバナ→メキシコシティ カンクン経由メキシコシティ着、ここで一泊
3/03 メキシコシティ→成田 バンクーバー経由で成田に向かう
3/04 成田 17時成田着予定

 私は仕事の都合上、本隊から2日遅れで行くので、着いた翌日にいきなり本番という地獄のようなスケジュールだ...

 

1998/1/11(sun) 楽器チーム練習第2回

 新年練習初め。今日も「スタジオ・ボデギータ」に集合だ。前回と違って、ダンスチームは別の練習スケジュールになっている。18時集合。

 参加メンバーの顔ぶれも随分増えた。今日の参加者はコンガ7人、カンパナ4人、サルテン1人、スネア2人、ボンボ2人、ホーン5人、それにフライパン1人。これに、前回来ていて今日は来ていない人が4人ほどいるので、総勢26人(監督のTATATAさんを入れれば27人)になる。ダンスチームの方も40人くらいいるという話なので、結局70人近い大軍勢をCUBAに送り込むわけだ。

 

congas1.jpg
強力な面々が加わったコンガチーム

 さて練習は「マクータ」の復習から始まる。年を越して忘却の彼方であることもあり、また新メンバーも多いので、セクション毎にTATATAさんがパートを振り分けて行く。ここで、ホーンセクションとの絡みで問題発覚。メロディー優先のテンポでいくと、速すぎてパーカッションがついていけないのだ。そこでテンポを半分に、メロディーを倍テンで乗せる、という方法に切り替える。

 マクータがキツいテンポということは、そこからスイッチする「ガガ」にしても辛いテンポということだ。かといってやたらとテンポを半分にするとまったりしてしまう。うーんと考えて、ブレイクを挟んでテンポは倍、リズムは「コンガ(いわゆるコンパルサ)」に変更。
 前回の浅草の経験から言って、この手の変更は直前までホイホイと出てくるだろう。覚えるべきは素早く覚え、忘れるものはとっとと忘れる切り替えの早さが必要だ。

 前半はその変更と練習で一通り終わり、後半、6/8の「オドゥドゥア」に取りかかる。

 


all.jpg

 「オドゥドゥア」のメロディーは、ホーンセクションが5人(Tp×4、Tb×1)に増えたお陰で、荘厳さと迫力を増した。フレーズの間に入るTpのソロも美しい。ただし、本番の現場でどこまで聞こえるかは不安だ。掛け値無し生音勝負!だからなぁ。ま、フライパンはどこにいても聞こえるだろうけど。

 せっかくやったガガのリズムももったいないというワケでもないが、今度はオドゥドゥアからガガへのリズム・チェンジと相成った。3拍子系から4拍子系へのチェンジなので、カッコイイんだが難しい。踊りチームはついてきてくれるんであろうか?

 22時過ぎになって皆の集中力も途切れてきたので、本日はここまで。練習中、トイレ脇のコンロでぐつぐつ良い匂いがしているな、と思っていたら、鏡開きということで、お汁粉が振る舞われた。なぜかビールの紙コップに入れて頂く。うまかった。餅は薄かった。

tp.jpg
ホーンセクション。しまった。Tbが写っていない...

 

1998/1/18(sun) 楽器チーム練習第3回

 今日の練習場所は区の社会教育会館。楽器の搬出入などあるので、ひとまずはスタジオ・ボデギータに集合。私は日曜だというのに会社に出勤してから行くはめに。会社にフライパン持って行くのもちょっと妙な気分だった。

 スタジオ・ボデギータは通常ダンススクールの練習スタジオとして使われている。集合時間の17時よりちょっと前に行ったら、レッスンの真っ最中だった。片隅で買ってきた弁当を食べる。さぼてんのひと口カツ弁当、550円。

 そうこうしている内に徐々にコンパルサチームの面々が集まってきた。須田さんが工具やら針金やらたずさえて登場。何かと思ったら"ボンボ"の材料だった。コンパルサに使うボンボというのは大太鼓の一種で、薄いシェルの両面に皮が張られているもの。低音を担当する。メーカーでは製品化されておらず、日本での入手は困難な楽器だ。浅草サンバのときはフロアタム(スルド)で代用したが、今回は作ってしまおうというワケ。24インチのバス・ドラムのシェルを切断して、その両側にヘッドを張る。須田さんが持ってきたシェルは既に切断されていた。家でやっていたらまわり中粉だらけになってしまい大変だったそうだ。
 行進に耐えられるように、極力軽量化を図る。リムはリムで結構重いので、針金を巻いたものをビニールテープでぐるぐる巻きにしてヘッドをはめ込む。このお手製リムを紐で引っ張ってテンションをかけて完成だ。

 

bombo
紐でテンションをかける

 スタジオ・ボデギータにて楽器を車に積み込んだら、練習会場に向けて出発。徒歩15分くらいの場所だ。木曜に降った雪が残ってまだ足場の悪い中を、ゾロゾロと歩いて行く。
 ようやく着いたときには楽器車は既に到着し、楽器も運び込まれていた。借りたのは体育館のような一部屋。ぶら下がり棚があって、小学校を思い出させる。なんだかんだと18時過ぎてやっと練習開始。

 恒例の"今日のメンバー"は、コンガ7人、カンパナ5人、ボンボ1人、スネア2人、サルテン1人、ホーン3人にフライパン1人。どうも初回だけ来て来なくなってしまった人もいるようだが、メンバーはほぼ固まってきた。マクータ&コンパルサの復習から開始。


toca1.jpg
体育館みたいな部屋で練習開始

 

 ところが、何セットかやって、ようやく調子が出てきたところに扉がガラリと開く。
「責任者の方いらっしゃいますか」─来た!!

 大体が、コンガが5本も6本も一斉に鳴るのも異常なら、金物やらフライパンからがガンガン鳴るのもこの国では異常なこと。浅草のときにも、練習場所が確保できず多摩川の河川敷で強行練習したのだが、音を鳴らすと程なくして管理人が自転車に乗って飛んできた。住民から苦情が来るとか来たとかで、即刻練習を止めて欲しいと言う。とにかく肩身の狭い思いをしてビクビクしてしまうのが楽器練習の宿命なのだ。この時は、結局ちょっと場所変えただけでやり通してしまったけどね。

mueve.jpg やって来た館の人とごにょごにょと交渉していたTATATAさんは「2〜3分したら叩いてくれ。俺、上で聞いてくるから」と言い残して、館の人に連れられて行ってしまった。残された者共は、仕方ないので叩き出す。なかなか戻ってこないので、律儀にマクータとコンパルサを行ったり来たりしながら叩き続ける。そろそろ止めようかな、という頃になってやっとTATATAさんが戻ってきた。
「部屋を移動します」

 やはり隣の家から苦情が来たそうだ。窓のない卓球場に移動することで何とか丸く収まった。ふぅ。ここで追い出されたらエラいことだ。

toca2.jpg
手前が生まれたばかりのお手製ボンボ。
椅子をしまうラックに乗せて叩いています

 気を取り直してオドゥドゥアから練習再開。

 3拍子から4拍子へのリズムの展開が難しく苦戦。何度も何度もやり直す。「イチ・ニィ・サン、ニィ・ニィ・サン、サン・ニィ・サン、シィ・ニィ・サン・ドド、イチ・ニィ・サン・シィ...」とくるのだ。とにかく体で覚えるしかない。
 最後に"アララー"のリズムをちょっとだけやる。初回にはオドゥドゥアに合わせてカンパナだけアララーをやっていたのだが、いつの間にか独立したリズムとしてやることになっている。覚えることが多くてみんな大変だ。21時15分頃終了。

 一旦スタジオ・ボデギータに戻り楽器の搬入を見届けてから、腹が減ったのでラーメンを食べて帰る。

 

1998/1/25(sun) 楽器チーム練習第4回

新作楽器が続々と...

 いつもの通りスタジオ・ボデギータに行くと、何やら作業着姿の男が熱心に仕事をしている。ボデギータはビルの地階にあるのだが、そのビルのガレージで火花を散らしているのだ。

 この男の正体は"El Electrico"須田さん。先週に引き続き、ボンボ作りに血道を上げている。紐で締め上げたボンボ初号機は、ヘッドに充分なテンションを与えられず、音が出ない失敗作であった。やはり多少重くなっても、しっかりリムを金具で固定する必要がある。そこで、シェルの厚さに合わせた金具を制作中、という次第。いやはや、そのプロフェッショナルな仕事振りには頭が下がります。集まってきたメンバーで「日本初のボンボ職人になれるよ!」と褒め称える。

bombo
このためにマスクなど一式買いそろえたというEl Electrico
bombo bombo
(左)組み立て前(右)リムの取り付け中。ヘッドには"Pearl"のロゴが...

 スタジオに入って待っていると、ここにも職人がいた。

 キューバの楽器で、小さなフライパンを2つ腰につけてスティックで叩く"サルテン"というのがある(sarten:スペイン語でフライパンの意、ってそのままやん! 複数形にならないのが謎。では私の叩いているのは何だろうと問われると困るのだが...)。コンパルサに彩りを添え、ビジュアル的にもアピールしやすい楽器だ。しかしこれまたボンボと同様、日本では手に入りにくい。

 浅草の時に"バタ"で参加していたがいるのだが、そもそも宗教音楽に使う楽器なので本場での使用ははばかられる、というので音楽監督の「バタ禁止令」を受けてしまった。そこで目をつけたのがサルテン。ところが楽器がない。ないなら自分で作ってしまえ!と、いうことで本当に作って持ってきたのだ。東急ハンズでカットしてもらった板に会社の電動ドリルで穴を空け、合羽橋(浅草の道具街)にて購入したフライパンを固定した物。

 オリジナル版にはない肩かけ紐など、よく工夫されている。胴当て部分の鉄板も省略し、携帯性を高めた逸品。これで演奏がかなり賑やかになるだろう。

saltines
右がCUBA製。左が日本製、総額2500円未満だとか


 今日の練習場所は、始めスタジオ・ボデギータと聞いていたのだがそれは誤報で、先週と同じ場所。どうもなかなか移動しないな、と思っていたら、「キューバ大使館の人と、トラベル・ボデギータ(今回の旅行代理店)の人が説明に来ますので、しばらく待っていてください」と言われる。「旅行代金支払いの確認か何かかな...」と大して気にもとめず、だべったりしながら時間を潰す。しかし、これがとんでもない重大発表だったのだ。

 

 スタジオの方ではダンス・クラスのレッスンが始まってしまったので、外の階段のあたりにたむろして待っていた。ようやくTATATAさんや史郎さんが現れる。「まず移動しましょう」と言うので、みんなしてまたぞろ社会教育会館まで歩き出す。今日は最初から卓球場に通される。まぁ、出入り禁止にならなかっただけでも儲けモノだ。

 

 

カーニバル延期!

 全員が集まったところで、史郎さんが「重大な発表があります。カーニバルが延期になりました」と切り出した。予期せぬ話に固まる一同。

史郎さん
つらい発表をする史郎さんとエルミニオさん

 キューバ大使館のHerminio Lopezさんからの話の全文は以下の通りだ(訳:史郎さん)。

 大使館を代表して申し上げます。

 大使館は、最初から日本人が参加するということで協力し、バックアップの態勢をとってきました。自分たちにとってもカーニバルの延期はとてもショックです。いろんな人が実行委員会として動いている中で、練習の様子など情報をやりとりしてきましたし、我々ももちろんカーニバルに参加することを第一前提として考えてきました。今年は特に、日本人移民100周年ということもあり、こうしたイベントに力を入れてきました。

 みなさん御存知の通り、カーニバルというのは民衆の楽しみ、一般の人たちの楽しみです。そういった中に、日本から行くチームが参加し、現地との交流を進めていくことで、お互いの国が親交を深められるでしょう。

 今回のカーニバルの参加というイベントは、1年間いろいろとり行われる移民100周年のイベントの中でも、特に重要なものとして大使館側も考えていました。大使館とキューバ側のカーニバル実行委員会もコンタクトをとりあってきましたが、今週になって延期になったという報告が突然入りました。しかし、キューバ側も日本人が行くということは充分承知しているので、前向きに対処していきます。キューバ側とのパイプ役である大使館として、謝罪を申し上げたいと思います。

 カーニバルが7月か8月に延期になったのは確かですが、キューバ側としても(我々のスケジュールに合わせて)特別に行事を用意します。おそらく、かなり面白い行事になると思います。それを通じて、キューバとの文化交流に役立つようなものになるでしょう。詳細は未定ですがこれから詰めていき、参加するみなさんが楽しめるようなものにしていきたいと思います。

 みなさんに伝えたいことは以上です。

 動揺、落胆されている方もいると思いますが、できればこのイベントは毎年繰り返される物にしたいと思っています。自分たちとしては協力してバックアップしていきたいですし、こういうことになりましたが、みなさんも進んで参加して頂ければうれしいです。ありがとう。

 

 TATATAさんは「ま、カーニバルがなくなって、かえってキューバが堪能できるからそれはそれで良かったよ。キューバ側の、問い合わせに対する返事も驚くほど早いし」とフォローを入れる。確かにカーニバルに出るというのは待ち時間も多いし、他のパレードも見られない。相当ストイックな旅になるなぁ、と覚悟していたぐらいなので、自分としてはそんなにショックではなかった。ドタキャンもよくあることだし。しかし全員がそれで納得できるかというと、そうではないだろう。

 史郎さんたちは、別会場に集まっているダンス・チームの方に説明に行くといって去って行った。楽器隊よりも、ダンスのメンバーの方が受ける衝撃が大きい気がして心配になる。

 

 

musicos
練習はつつがなく進む

 臨時発表のおかげで、19時近くになってようやく練習が始まる。まずはマクータとコンガ(コンパルサ)。そして浅草のときのコンパルサも復習。TATATAさんは、何も言わずいきなり入りのキメを振ったのだが、意外と体で覚えたものは忘れていない。今回から参加した人はパニクッていた。

 休憩をはさんで20時からオドゥドゥア。まとまりつつはあるものの、まだ乗り切れない感じだ。ホーンが2人だけと寂しいせいもあるかも知れない。その後ガガ、アララーと進んで21時15分頃終了。今日の参加者はコンガ8人、カンパナ4人、ボンボ1人、スネア2人、サルテン2人、ホーン2人にフライパン1人。

 

1998/02/01(sun) 楽器チーム練習第5回
baila 今日は第1回以来久々に、ダンス・チームと合同練習。といっても第1回は見学しただけだったので、合わせてやるのは実質今日が初めてだ。どんな踊りになっているのかワクワク。

baila3
baila2
それぞれに練習を繰り広げるダンスチーム

 まずはダンスだけで前半のコンガ(Conga de Comparsa:ここでいう"コンガ"はリズム名)をさらう。今回のテーマが「日本風」ということなので、随所に土俵入りや阿波踊りなど、日本舞踊(?)をアレンジした振り付けがでてくる。タンヒンがまた好きなんだよな、こういうの。
 ダンスを見て大体雰囲気を掴んだところで、楽器チームと合わせてみる。途中、振り付けと合わす所が3箇所ほどある以外は、特に問題なく進む。このパートは基本的には浅草の延長なので、個人的には結構体に馴染んでいるのだ。

 その後は、ダンスチームは2班に分かれての練習に移る。セクション毎に違う振り付けになっていて、片方をフィーチャーしている間もう片方はバックで援護する、という構成だ。ここでマクータ&コンパルサを合わせてみる。

 楽器隊のマクータは、テンポを倍テンにした経緯(1月11日参照)があるのでかなりゆっくりだった。しかし実際ダンスと合わせてみるとそのテンポでは踊りにくい。2・3回もごもごとやりなおして、かなり早めのテンポに切り替えた。このテンポだと、ホーンセクションが結構辛そうだ。

サルテンのTさんのご要望にお応えして、ダンスのムービー。重いよ!(767kb)

 途中、ダンスの振り付けの確認に時間を取られて、楽器隊の出番がなかなかない。「8時まで休憩、時間厳守! 遅れた奴は(旅行中、俺の下着を)洗濯だな」とTATATAさんが言うものの、結局言った当人も交えて30分くらい休憩していた。こののんびりさが楽器隊の良いトコロでもある。 TATATA
何かできなかったときのペナルティは「雑巾掛け」と「洗濯」が口癖のTATATAさん

 さて気を取り直して練習再開。コンパルサとマクータ、一通り通してみるが、どうも全体の構成が掴めない。オドゥドゥアに至っては、踊れないからやめよう、という話になりつつあるらしい。そもそもカーニバル向きの楽曲ではないので、その方が良い気もする。残り2回ぐらいしか合わせる機会がないことを考えると、若干不安が残る練習であった。

 今日の出席はコンガ5人、カンパナ4人、ボンボ1人、スネア2人、サルテン1人、ホーン3人にフライパン1人。いつもよりちょっと少なめだ。ダンサーは30人強。カーニバル中止の報を受けて、4〜5人が参加辞退したそうだ。残念だが仕方がない。
 カーニバル延期の理由については依然謎のまま。「ローマ法王が来て疲れちゃったんだよ」とか「電気がなくて山車が出ない」などテキトーなことをみんなで言っている。

 

■これがカーニバル・ツアーの全日程改訂版(2/1現在)だ

 カーニバルこそなくなったものの、Japoneateとしてはいろいろなイベントに参加する段取りになりつつある。なにぶん急なことであるし、ただでさえ先の読めないお国柄なのだが、以下のようなスケジュールが今のところ組まれている。激しく濃い内容だ。

月日 都市 日程
2/23 成田→メキシコシティ バンクーバー経由メキシコシティ着、ここで一泊
2/24 メキシコシティ→ハバナ カンクン経由ハバナ着
2/25 ハバナ サロン・ロサードに出演
2/26 ハバナ 午前中リハーサル(予定)、午後自由行動
2/27 ハバナ 午前中自由行動、レグラにてGuaracheros de Regla(カーニバルチーム)と競演
2/28 ハバナ 午前中自由行動、Conjunto Folklorico Nacional(キューバ国立民族舞踊団)と競演
3/01 ハバナ 午前中自由行動、ハバナのカーニバルチームと市内を一緒に練り歩く
3/02 ハバナ→メキシコシティ カンクン経由メキシコシティ着、ここで一泊
3/03 メキシコシティ→成田 バンクーバー経由で成田に向かう
3/04 成田 17時成田着予定
 これはこれで、なまじっかカーニバルに出るよりハードな日程になっている気がする。
 私は仕事の都合上本隊から2日遅れで行く予定だったが、無理して一緒に行くことにした。

 

1998/02/07(sat) 楽器チーム練習第6回

 2月に入って1週間が経ち、いよいよ残りの練習日程も少なくなってきた。今日の練習場所は、前回と同じ住民区域センター。行くなり楽器がまた増えていた。銀色のボンボが2つ。シェルには"YAMAHA"そしてヘッドにはグレッチのロゴが...。

 「全部で6つくらい作ってボンボセーロでコンビネーションする!」と意気込むのがTATATAさんだが、そうそうキューバまで行ってくれるボンボセーロが見つかる訳はない。かのボンボ職人も、だんだんとボンボを作ること自体に生き甲斐を見出してきたかのようだ。

bombos
手前の銀色2つがヤマハの(?)ボンボ

 ずっと日曜日できた練習だが、明日が音楽監督の都合が悪いというので土曜日になった。そのせいもあってか、普段よりメンバーの集まりが悪い。遅れて来た人も含め、コンガ4人、サルテン1人、スネア2人、トランペット3人、カンパナ4人とこじんまり。おっと、それにフライパン1人だ。

 今日はボンボがいないので、TATATAさんが代打で叩く。結構楽しそうで、しまいには手の皮むけるまでやっていた。明日ライブだというのに。コンガ部隊は前回あたりから、実戦を意識してストラップで吊して叩いている。

 コンガ(リズム名の方ね)の新テーマ「Conga de Luisito」がお披露目になる。Yumuri y sus Hermanosの末弟ルイス君に書いてもらったリフだ。ルイスは現在日本在住。オルケスタ・デル・ソル始めいろいろなセッションで活躍しているトランペッターだ。かなり野球っぽい感じのメロディー。
 いつもマクータから始めて時間の半分くらいを使ってしまうので、今回は控えめにしておく。人数が少ない分、細かいところがチェックできるので、かなり良い感じにまとまってきた。


musicos

  さて休憩時間に衣装決め。なんせ統一テーマが「日本風」だから、衣装のカタログといっても...

kimono
着物のカタログだ!

「どこから持ってきたんだ?」というような着物のカタログ。はちまきやはっぴ、地下足袋など豊富なラインナップ。しかも結構お高い。どれを選ぶにせよ究極の選択だ。これ着てやるのかぁ...でもCuba人受けはしそうだな。向こうのテレビでは座頭市("イチ")やおしん("オチン!")が放映されて人気だったそうだし。Cubaのダンサーが日本にきて民族衣装着て踊るのと大差ないだろう。と考えて何とか納得したことにする。みんなも選択の幅がないならないなりに、それなりに楽しんで選んでいた。

 休憩後、やらないかも知れないオドゥドゥアも一応さらっておく。そしてアララも。「アララはアララーでなくアララ(alala)。大体某M音の表記がいけねぇんだよ」とTATATAさんに御指導いただいた。

 最後に館のおじさんに「上まで(部屋は地階)聞こえちゃってんだよね。もっと静かにやってよ」と叱られるオマケつき。どこに行ってもこれだ。練習中こちらをジロジロ見ていたのは物珍しいだけじゃなかったのね。とはいえ、終了間際になって言うのも優しさの内か。それとも耐えきれなくなったか。
 すごすごと退却。

 

1998/02/08(sun) ダンスチーム練習見学

 楽器チームは昨日練習してしまったので、今日はダンスだけの練習だ。練習場所は同じ。いつもはビデオカメラとフライパンを交互に持ち替えての撮影なので、今日は純粋にカメラマンとして見学に行った。とはいえ一応のたしなみとしてカンパナは鞄に忍ばせておく。

baila2.jpg
練習にも熱が入る

 案の定、顔を見るなり優子さん(タンヒンの奥さん:かなりのレベルのダンサーでもある)に「楽器持ってきました?」と聞かれる。カメラをセッティングする間もなく、カンパナを出す自分。普段は合奏だから良いが、独りで大人数のダンサーに対してテンポを出し続けるというのは緊張する。これはこれで良い練習になる。

 本日のダンサーは25人くらい。ちょっと少ないな、という印象だ。

 

刀だ!

 先週の練習では手振りだけで何やらやっていたのだが、今日になってその意図するところが分かった。マクータを踊るチームが、みんなして刀を振り回しているのだ。もちろん真剣ではないが、スチール製で当たると痛そう。タンヒンが切り合いの間合いやかけ声を指導している。チャンバラを振り付けるキューバ人は、世界広しといえどもこの人ぐらいだろう。

ninja2  初めは要領が掴めずに恥ずかしがっていたダンサーのみなさんも、だんだんと調子に乗ってきてサマになっていく。どちらかと言えば女性陣の方が思いきりが良いみたいだ。
 ところで大量のこの刀、空港でひっかからずに持っていけるのだろうか!?


ninja1.jpg
殺陣指導
(?)のタンヒン氏

 ダンスチームは全体で大きく2つに分かれており、それぞれに見せ場がある。リズムやスタイルにも、コンガからサルサ、マクータ、モダンダンス、アフロや"剣劇"まで含め、いろいろ趣向が凝らしてある。多分今まで誰も見たことがないコンパルサチームになるだろう。

moderno.jpg
モダンダンスの見せ場

abanico.jpg
静と動のメリハリがきわだつ

 しばらくビデオを持って撮り回っていたのだが、練習中盤で再びカンパナを持たされる。タンヒンが「何でもイイから叩け」というので、わからんなー、と戸惑っていたら、ダンサーのみんなは車座になって正座している。その中心には一人の女性。おもむろに"たすき"を取り出し、その所作も凛々しくたすきをかける。

 始まったのは刀、そして扇子も使っての舞踊。私はこちらの方面には詳しくないのだが、とにかく適当に動きに合わせてカンパナを叩いて盛り上げる。考えてみれば、日本の踊りを知らずにキューバの踊りに熱中しているというのも、妙な話だ。

 ここにきて、ようやくタンヒンのやりたがっていることが、自分にも見えてきた。

 

 最後に、すべてのパートを一通り通す。タンヒンがカンパナを叩いてくれたので、撮影に専念できた。

 最初は全員で浅草のときにやったコンガを踏襲した、通称"Conga de Luisito"。その次に、楽器隊ではまだやったことがない謎のパートが入る。どうやら"サルサ"らしい。2つに分かれて、片方が熱演している間もう片方はステップを踏んでいる。
 続いて攻守交代でマクータ&コンガ、通称"SMAP"。その後アララのリズムで展開が入り、"剣劇"に移る。剣劇と舞踊が結構しっかり続いて、最後にもう一度コンガに戻って終わり。おや? オドゥドゥアはどこに行ったんだ? やっぱりやらないらしい。

 

ninja3.jpg
衣装の試着中。彼らは剣劇パート、通称"忍者"たち

 

ミーティングにて

tangin とにかく冬なのに熱気ムンムンの中、練習は終わった。タンヒンがみんなを集めて、前に座ってしゃべり出す(以下ほぼ原文通り、一部略)。

 あと2にちだけ残るね。2にちだけ。練習が。

 だから、2にちだけいっぱいやる。エネルギー探すね。問題とか、エスプレシオン(expresion: 表現)とか、楽しみとか、ダンス踊ってるとき、それ絞り出してね、笑うとか、楽しいとか、それすごい大事。さみしいじゃないね、大変じゃない。

 だから浅草のカーニバル踊ったとき、楽しかったけど、大変だった。みんな疲れちゃった、顔ビデオに出てるね(一同笑)。ね、だから、それね探す。2にちだけで探す、やった方がいい。

 汗かく、いっぱい、汗いっぱいかいて、疲れちゃってる方がいい。それみんな分かる。みんな分かる、自分のエネルギーね。どこまでできる。今はここまでみんなで軽く、ここの場所で手振りいれて、やってるだけ。だけど2にちだけ、やる、やる。やる、やるやるやるやる、ね。みんな死んでしまう(一同笑)。


 タンヒンの特徴ある日本語を、みんな静かに聴いている。そう、気がつくと日本での練習はあと2回しかないのだ。ハバナはすぐそこまで来ている。

 

1998/2/11(wed) 楽器チーム練習第7回

 練習もいよいよ大詰めになってきた。今日の練習場所は、いつもとは違う住区センター。商店街の裏道にあり、時間通りに行っても明かりも何もついていない。鍵も開いていないので「間違えたか!」と思ったが、反対側に回ったら人がいた。駅から素直に歩いてくると裏口に着くらしい。

 練習場は窓も何もない地下の会議室。ダンスはダンス用にもう1部屋とってあるので、別々に練習を開始する。

 今日の参加者はコンガ5人、ボンボ1人、ホーン3人、カンパナ4人、サルテン2人、スネア2人、フライパン1人。ボンボはもう1人いたはずなのだが、いつの間にか来なくなってしまったので、ここの所TATATAさんが叩いている。ボンボ6人アンサンブル計画なんざ夢のまた夢だ。本番はどうするのだろう。叩かずに指揮に専念する人がいた方が安心なのだが...。

 

musicos

karakasa
サルサチームは黄色の法被。唐傘を小道具に使う

happi
マクータチームは赤色の法被。この他にも忍者チームがいるとか

 マクータから始めてコンガを練習、休憩中に隣のダンスの練習をのぞいてみたら、楽しそうなことになっている。

 こちらはもうすっかり衣装の準備ができていて、試着していたのだ。法被ベースでセクションによって違うデザインになっている。一見、なんだかなぁという気もしないでもないが、やっぱり実際に衣装を付けてやっているのを見るとワクワクしてくる。キューバ人には確かにウケそうだ。出し物である以上、ウケとってナンボの世界やからね。

 ひるがえって我が楽器隊を見てみると、いまだ衣装も何もなし。結局帯だけ購入しよう、ということになり、服装は各自で準備。色のみ指定で、黒と赤、もしくは黒と緑の組み合わせ。コンガのミキさんの建設的なご提案で「来週用意できる人は持ってきて試してみよう」ということになったが、なんともノンキというか緊迫感がない、愛すべき人々なのである。

 練習も後半に入って叩いていたら、タンヒンがやって来て「こっちに来い」というから、そのまま叩きながら移動して乱入した。本番もこんな感じなのだろうが、隣の部屋に動くだけでも大騒ぎだ。いや、楽器の音もさることながら、移動の手間の話。

 最後の方はダンスと合わせて練習した。自分は前回のダンス練を見学しているのでまだ大丈夫だが、楽器隊の面々にとって全体の流れをなぞるのは初めてなので、随所に戸惑いが感じられた。迷いがあると、自信の無さが音に出る。体で覚えるぐらい繰り返すのが最善なのだが、次回で練習も最終回だ。

musicoskatana
刀振り回したり、傘まわしたり...

 

1998/2/15(sun) 練習最終回

 いよいよ練習も今日で最後だ。前回は目にしなかった"忍者"の衣装も登場。本格的になってきた。

ninja
これ着て踊るのは暑そう...

 なぜかスモウの着ぐるみまで出てきて、どんどん仮装色が強くなっているのも一方の事実だ。

sumou
東急ハンズで売っていそうな、力士の着ぐるみ。コレ着て踊るの?

 

 衣装合わせや打ち合わせ、振りの確認などがあちこちで行われて、なかなか全体の練習は始まらない。楽器チームは隅の方で独自に練習を開始。ホーンセクションが2人しかいない上になかなかキまらないので、いつになくTATATAさんが厳しい。結局最後の練習まで、ホーンセクションは全員揃ったことがなかった。多忙な人が多いのでしょうがない。後は現地入りしてからの勝負だ。

musicos1
カメラ目線をキめるTATATA氏

 練習途中で、ボデギータから、最終的なスケジュールなどが書かれた書類一式が配られて、説明を受ける。異国での大団体行動であるから、仕切る方は大変だ。それが終わって、本格的な練習開始。

 とにかく通し練、である。通して流れを覚える。今更あまり言うことはない。

 

 最終日の出席者は、ダンサーが35人弱。コンガ7人、ボンボ1人、カンパナ5人、ホーン2人、スネア2人、サルテン2人、フライパン1人。これだけで55人弱。休みの人も入れれば、やはり60〜70人になろうかというチームである。後は現地の遠さと暑さに負けないように、楽しんでくるだけだ。

musicos
フライパンの音は相当やかましい

 

baila

 

おまけ

seppuku
史郎さん切腹、介錯はタンヒン。コンパルサツアーに命かけてます!?


もどる


© 1997-2004 maracas.com, All Rights Reserved.