Japoneate
1998.2.25(wed) FEUの大歓迎にド肝を抜かれる

 24日の夜遅く、現地入り。空港からホテルまではボルボ製のバス3台がチャーターされ、クーラーもガンガン効いている。えらい良い待遇にちょっとびっくり。今回の宿泊先はHOTEL PANAMERICANO。ハバナ市街から東にやや外れたところにあり、1991年のパン・アメリカンスポーツ大会の選手村として作られた施設ということだ。選手村というだけあって体育館もある。翌朝、早速ここでリハーサルの予定なのだが、行くと何やら中でやっていてまだ入れない様子。やっと中に入れたと思ったら、なんとそこには一面のカルナバル部隊が!

 彼らは『FEU』という学生連盟のチームで、カルナバルに新しい人材を取り入れるべく1961年に設立。この時までに前年含め過去4回のハバナのカルナバルでグランプリを獲得していた。我々を歓迎してサプライズでショーを披露してくれたのだ。粋な計らいって奴だ。

 「必ず新しいモノを取り入れながらやっている」との解説通り、いきなりスターウォーズのテーマ(マノリンのオープニングテーマとして流行っていた)で始まり、当時大流行のマノリン『La bola』や『Pegaito, pegaito』のフレーズなどを積極的に取り入れてどんどん展開。最後は入り乱れて大ルエダ、マカレナまで飛び出しそのまま外まで飛び出し、の本場パワーをいきなりマザマザと見せつけられ、その後のリハはちょっとしょんぼり気味だったかも。


監督の合図出しがかっこいい。
ムシコの間でしばらく流行った

我々の想像を上回る
振り付けの連発

ますます盛り上がり 一旦終了。
『Hay amores〜La bola』で次に

ラインダンスもびしっと決まる

かごめかごめ風や輪になっての
踊りを次々と展開

まとい(ファローラ:farola)を
アゴに乗せて回したりして

導かれるままにルエダ大会

そのままプールサイドまで!
※公開終了しました。
1998.2.25(wed) サロン・ロサードのドキドキ初舞台

 さて、到着翌日の夜、つまりFEUの大歓迎にド肝を抜かれている場合ではなく、その日の夜にはもう初舞台である。しかも会場はかの有名な野外劇場、サロン・ロサード・ベニー・モレ。ハバナっ子なら子供からお年寄りまでお馴染み、地元民による地元民のためのライブスペースである。

 夕闇迫るころ、3台のバスに分乗してホテルを出発する。ちなみにボルボではなく、ガタガタで窓が閉まらないようなマイクロバスだ。この方がよっぽどCUBAらしい。同乗した通訳のキキさんは、ユムリが渋谷ムチャーチャに長期出演していた時に、一緒についてきていた人だ。再会を喜ぶ。

 サロン・ロサードに到着して客入れが始まると、1階フロアを取り囲むテーブル席に結構なお客さんの入り、メンバーの緊張と興奮は高まる。やがて時間となり、大仰なアナウンスに続いてムシコが先頭を切って入場、ステージは始まった。


おずおずと入場


ムシコは後方にて支援


サルサチームが先発

モダンダンスの魅せ場

オマケ:アフターショでの
マラケーロを讃える歌と踊り
 
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